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ステンレス鋼の鋭敏化と粒界腐食のメカニズム

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ステンレス鋼は「錆びにくい金属」として広く知られています。しかし、特定の条件下では腐食を起こすことがあります。その代表的な例が「鋭敏化」と呼ばれる現象で、これにより「粒界腐食(りゅうかいふしょく)」が発生します。見た目ではわかりにくいにも関わらず、構造物の強度を大きく低下させるため、産業現場では非常に重要な問題です。ここでは、ステンレス鋼の鋭敏化と粒界腐食の発生メカニズム、原因、対策についてわかりやすく解説します。

ステンレス鋼が錆びにくい理由

まず、ステンレス鋼が「錆びにくい」理由を理解することが、鋭敏化現象を理解する第一歩になります。ステンレス鋼には、少なくともクロム(Cr)を10.5%以上含有しています。クロムは酸素と反応して「酸化クロム(Cr₂O₃)」という非常に緻密で安定した不動態皮膜を形成し、これが腐食を防ぐバリアの役割を果たしています。

この不動態皮膜は非常に薄く、数ナノメートルの厚さしかありませんが、金属表面を完全に覆って外部からの酸素や水分を遮断します。さらに、傷がついてもクロムの作用によって自己修復する能力があるため、ステンレス鋼は優れた耐食性を維持できるのです。

しかし、このクロムが失われるとどうなるでしょうか。不動態皮膜が形成されなくなり、そこから局部的な腐食が進行してしまいます。鋭敏化現象とは、まさにこの「クロムの枯渇」によって耐食性が低下する現象なのです。

鋭敏化とは何か

鋭敏化(えいびんか)とは、ステンレス鋼を450〜850℃程度の温度域にさらした際に起こる現象で、金属組織中のクロムが特定の箇所で偏在することにより、耐食性が局所的に失われることを指します。

この温度域は、溶接や熱処理などで金属が加熱されるときによく通過する範囲です。そのため、溶接部付近で発生しやすく、特に溶接構造物では注意が必要です。

鋭敏化が起こる主なメカニズムは次の通りです。

  1. ステンレス鋼が450〜850℃に加熱される
  2. 炭素(C)がクロム(Cr)と結合して**クロム炭化物(Cr23C6)**を粒界(結晶の境界)に析出する
  3. 炭化物ができた周囲ではクロムが減少し、局所的にクロム濃度が12%未満に低下する
  4. クロム欠乏部では不動態皮膜が形成できなくなり、腐食しやすくなる

つまり、「炭化物ができる→クロムが奪われる→粒界が弱くなる」という一連の流れが鋭敏化の本質です。

粒界腐食の発生メカニズム

鋭敏化によってクロムが枯渇した粒界は、耐食性が著しく低下しています。そのため、腐食環境中では、粒界を中心に選択的な腐食が進行します。これが**粒界腐食(grain boundary corrosion)**です。

粒界腐食の特徴は、金属表面の見た目には大きな変化がなくても、内部の粒界に沿って深く腐食が進む点です。顕微鏡で観察すると、粒の境界が溶けたように見えることからこの名がついています。

腐食が進行すると、粒界の結合が失われ、金属組織全体の強度が低下します。外観上は健全に見えても、内部で破壊が進行しているため、構造物の破損事故につながる危険性があります。

鋭敏化が発生しやすい条件

鋭敏化は、温度と時間の条件によって大きく影響を受けます。特に次のような場合に発生しやすくなります。

  • 加熱温度が450〜850℃の範囲に長時間滞在する場合
     → この温度域でクロム炭化物が析出しやすくなります。
  • 溶接熱影響部(HAZ)
     → 溶接部近くは局所的に加熱・冷却されるため、粒界に炭化物が析出しやすい。
  • 炭素含有量が高いステンレス鋼(例:SUS304など)
     → 炭素が多いほど、クロムと結合して炭化物を作りやすくなります。
  • 高温での長時間使用
     → 熱交換器やボイラーなど、高温環境下での使用中にも徐々に鋭敏化が進行します。

鋭敏化を起こしやすいステンレス鋼種

ステンレス鋼には多くの種類がありますが、特にオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304、SUS316など)は鋭敏化を起こしやすい傾向があります。これは、オーステナイト組織が炭素を多く溶解できるため、加熱時にクロム炭化物を析出しやすいためです。

一方、フェライト系ステンレス鋼(SUS430など)は炭素の溶解度が低いため、鋭敏化の影響を受けにくいとされています。ただし、完全に無縁ではなく、高温長時間の使用で粒界腐食が生じることもあります。

鋭敏化を防止する方法

鋭敏化による粒界腐食を防ぐためには、主に以下の方法が採られます。

低炭素鋼(Lグレード)を使用する

炭素が少なければ、クロム炭化物が析出しにくくなります。
代表的なものにSUS304L、SUS316Lなどがあります。
Lは「Low carbon(低炭素)」の略です。

安定化元素を添加した鋼を使用する

チタン(Ti)やニオブ(Nb)を添加したステンレス鋼(SUS321、SUS347など)は、炭素と優先的に結合して安定した炭化物を形成します。その結果、クロムが炭化物として奪われにくくなり、鋭敏化を抑制できます。

溶接条件を最適化する

溶接時の入熱を最小限に抑え、冷却を速くすることで、鋭敏化温度域に長時間滞在しないようにします。また、溶接後に固溶化熱処理を行うことで炭化物を再溶解させ、クロムを均一に戻すことも効果的です。

使用環境を管理する

鋭敏化が起きても、腐食環境(酸や塩化物)がなければ粒界腐食は進行しません。したがって、使用環境を適切に制御し、腐食性物質との接触を最小限に抑えることも重要です。

鋭敏化を評価する試験方法

鋭敏化の程度や粒界腐食の感受性を評価するために、いくつかの試験方法があります。代表的なものは以下の通りです。

  • シュトラウス試験(JIS G 0575)
     → 鋭敏化の感受性を調べる代表的な試験。試験片を特定の溶液に浸漬し、粒界腐食の有無を確認します。
  • デューエ試験(JIS G 0580)
     → より厳しい条件で行う試験で、高温酸性溶液中での粒界腐食を評価します。

これらの試験を通して、製造時の熱履歴や材質の適性を確認し、鋭敏化対策が適切に施されているかを判断します。

粒界腐食が引き起こす問題

粒界腐食は、見た目には小さな変化しか見られないため、発見が遅れることが多い点が危険です。進行すると、以下のような問題を引き起こします。

  • 配管やタンクの漏洩
  • 圧力容器の破裂
  • 熱交換器チューブの破損
  • 橋梁や建築物などの構造劣化

特に化学プラントや食品設備など、腐食性環境で使用される装置では、鋭敏化と粒界腐食が製品の寿命を大きく左右します。

まとめ

ステンレス鋼の鋭敏化と粒界腐食は、「クロム炭化物の析出によるクロム欠乏」が原因で起こる現象です。
高温加熱を伴う溶接や熱処理時に発生しやすく、表面に目立った変化がなくても内部で深刻な腐食が進行する可能性があります。

対策としては、

  • 低炭素ステンレス(Lグレード)を選ぶ
  • チタンやニオブを添加した安定化鋼を使う
  • 溶接条件や後処理を最適化する
    といった方法が有効です。

鋭敏化を理解し、適切な材料選定と加工条件を設計段階から取り入れることで、ステンレス鋼の本来の耐食性を最大限に発揮させることができます。

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