ステンレスの応力除去焼鈍の目的と条件
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ステンレス鋼は優れた耐食性や強度を持つ一方で、加工や溶接の過程で内部に「残留応力」が発生することがあります。この残留応力は、変形や割れ、耐食性の低下などを引き起こす原因となるため、用途によってはその除去が重要です。そのために行われる熱処理が「応力除去焼鈍(ストレスリリーフアニール)」です。本記事では、応力除去焼鈍の目的や具体的な条件、そして実施時の注意点についてわかりやすく解説します。
応力除去焼鈍とは
応力除去焼鈍とは、冷間加工や溶接などによって金属内部に発生した残留応力を低減または除去するための熱処理です。ステンレスを一定の温度まで加熱し、その後、緩やかに冷却することで内部のひずみを緩和します。
この処理は、結晶構造の再結晶を伴わない程度の温度で行われるため、材料の強度や組織を大きく変化させずに応力を取り除くことができます。特に、精密機器や化学プラント、食品機械など、寸法安定性や耐食性が重要な分野で多用されています。
応力除去焼鈍の目的
加工応力の除去
ステンレスは加工硬化性が高いため、プレス加工や曲げ加工、切削加工を行うと内部に大きな応力が残ります。この応力をそのままにしておくと、時間の経過や温度変化によって形状が変化したり、応力腐食割れを起こすリスクが高まります。応力除去焼鈍を行うことで、内部のひずみを緩和し、部品の寸法安定性を向上させます。
溶接部の応力低減
溶接時には、局所的な加熱と急冷によって母材と溶接金属の間に大きな応力が発生します。特にオーステナイト系ステンレスでは、溶接部に残留応力が集中し、応力腐食割れ(SCC)を誘発する要因になります。応力除去焼鈍を行うことで、これらの溶接応力を緩和し、耐久性を高めることができます。
応力腐食割れ(SCC)の防止
塩化物イオンを含む環境下では、オーステナイト系ステンレスが応力腐食割れを起こしやすくなります。この現象は、残留応力と腐食環境が同時に存在すると発生します。そのため、応力除去焼鈍によって内部応力を取り除くことは、応力腐食割れ対策として有効です。
寸法安定性の確保
精密部品や長尺構造物などでは、加工や溶接後に時間が経過してから変形が生じることがあります。これは、内部応力が徐々に解放されるためです。応力除去焼鈍を行うことで、寸法の経時変化を防ぎ、製品の精度を安定させることができます。
応力除去焼鈍の適用が必要なケース
- 冷間圧延や曲げ加工を行った後のステンレス板
 - 精密機械や装置部品など、寸法精度が重要な部品
 - 溶接構造物で、応力腐食割れが懸念されるもの
 - 長期使用で変形や割れを防止したい構造物
 - 加工硬化が進んでいるため、次工程で加工性を改善したい場合
 
このような場合には、応力除去焼鈍を行うことで、材料の安定性と信頼性を大幅に向上させることができます。
ステンレスの種類と応力除去焼鈍条件
ステンレス鋼にはいくつかの系統があり、それぞれで適切な焼鈍温度や冷却条件が異なります。主な種類ごとに、代表的な条件を紹介します。
オーステナイト系ステンレス(SUS304、SUS316など)
オーステナイト系は非磁性で耐食性に優れていますが、冷間加工による加工硬化が大きく、残留応力も蓄積しやすい性質を持っています。
- 焼鈍温度:850〜950℃
 - 保持時間:0.5〜1時間(厚みや形状による)
 - 冷却方法:空冷または急冷(水冷)
 
ただし、応力除去だけを目的とする場合は、再結晶を避けるために400〜450℃程度の低温焼鈍を行う場合もあります。この場合は硬度や強度を維持しながら、応力のみを除去します。
フェライト系ステンレス(SUS430など)
フェライト系は磁性を持ち、熱膨張係数が小さいため変形が少ないものの、溶接部に応力が集中しやすい傾向があります。
- 焼鈍温度:700〜800℃
 - 保持時間:30分〜1時間
 - 冷却方法:空冷または炉冷(急冷は避ける)
 
急冷すると脆化や割れを招く可能性があるため、徐冷が基本です。
マルテンサイト系ステンレス(SUS410など)
マルテンサイト系は高強度を特徴としますが、熱処理条件を誤ると硬化しすぎて脆くなります。応力除去焼鈍は、焼入れ後の応力緩和にも用いられます。
- 焼鈍温度:600〜700℃
 - 保持時間:1時間程度
 - 冷却方法:炉冷または空冷
 
高温にしすぎると硬度が低下するため、温度管理が非常に重要です。
応力除去焼鈍の工程
応力除去焼鈍は、以下の手順で行われます。
- 昇温
徐々に設定温度まで加熱します。急激に加熱すると、温度ムラにより新たな応力が発生することがあるため、加熱速度を制御します。 - 保持(一定温度での加熱)
材料全体が均一に加熱されるよう、一定時間保持します。保持時間は材料の厚みや形状によって調整されます。 - 冷却
焼鈍後は急冷を避け、均一に冷却します。特にフェライト系では炉冷が推奨されます。オーステナイト系の場合は空冷や水冷も可能ですが、目的に応じて選択します。 
焼鈍時の注意点
酸化スケールの発生防止
焼鈍中に酸素と接触すると、表面に酸化スケール(黒皮)が発生します。これを防ぐためには、不活性ガス雰囲気(アルゴンや窒素)中で行うか、真空炉を使用するのが理想的です。
汚染や炭化防止
炉内の雰囲気に炭素や硫黄などの不純物が含まれていると、ステンレス表面に炭化物や硫化物が生成し、耐食性が低下します。清浄な雰囲気を保つことが重要です。
再結晶や結晶粒粗大化の防止
焼鈍温度が高すぎると、結晶粒が粗大化して強度が低下するおそれがあります。応力除去が目的の場合は、再結晶温度以下で処理することが望まれます。
応力除去焼鈍と固溶化熱処理の違い
ステンレスには「固溶化熱処理」という別の熱処理も存在します。両者は混同されがちですが、目的と条件が異なります。
| 区分 | 応力除去焼鈍 | 固溶化熱処理 | 
|---|---|---|
| 目的 | 加工・溶接による残留応力の除去 | 炭化物や析出物を溶解し、耐食性を回復 | 
| 温度範囲 | 400〜900℃(系統により異なる) | 1000〜1100℃前後 | 
| 結晶変化 | なし(再結晶しない) | あり(再結晶+固溶) | 
| 主な効果 | 応力緩和・変形防止 | 耐食性・靭性の向上 | 
応力除去焼鈍は、組織を変えずに応力だけを取り除く処理である点が特徴です。
応力除去焼鈍の効果確認方法
応力除去が適切に行われたかどうかを確認するには、以下の方法が用いられます。
- X線回折法(XRD):残留応力の数値を非破壊で測定
 - 変形量の測定:焼鈍前後の寸法変化を比較
 - 磁気測定:オーステナイト系で磁性変化を確認
 - 引張試験・硬さ試験:機械的特性の変化を評価
 
これらを組み合わせることで、焼鈍の効果や過剰加熱による劣化の有無を判断します。
まとめ
ステンレスの応力除去焼鈍は、加工や溶接によって生じる残留応力を取り除くための重要な熱処理です。目的は主に、応力腐食割れの防止、寸法安定性の確保、変形防止などにあります。ステンレスの種類ごとに最適な温度と冷却条件が異なり、適切に処理することで製品の信頼性と耐久性を大幅に向上させることができます。
とくに、オーステナイト系では400〜450℃程度の低温焼鈍による応力緩和が有効であり、フェライト系では700〜800℃の徐冷処理が推奨されます。処理時には酸化防止や雰囲気管理にも十分な注意が必要です。
適切な応力除去焼鈍を行うことで、ステンレス本来の性能を最大限に引き出し、長期にわたり安定した品質を保つことができます。
いかがでしたでしょうか?
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