鉄とステンレスの耐酸・耐アルカリ性の比較
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鉄やステンレスは、構造物から化学装置、食品機械まで幅広く使用される金属材料です。これらの材料を選定するうえで、非常に重要となるのが「耐食性」、特に「耐酸性」と「耐アルカリ性」です。化学薬品や水溶液、洗浄液などに長期間さらされる環境では、金属の腐食挙動が製品の寿命や安全性を大きく左右します。本記事では、鉄とステンレスの耐酸性・耐アルカリ性の違いをわかりやすく解説し、用途に応じた素材選定のポイントについても紹介します。
鉄の耐酸性と耐アルカリ性の基本
鉄の化学的性質
鉄(Fe)は非常に反応性の高い金属であり、水や酸素と容易に反応して酸化鉄(いわゆる錆)を形成します。鉄は電気化学的に活性な金属であるため、酸やアルカリのような化学的に強い環境では特に腐食が進みやすい傾向があります。
鉄の表面に形成される酸化皮膜は、ステンレスのように安定した「不動態皮膜」ではなく、環境条件によって簡単に破壊されます。このため、酸やアルカリ溶液中では、酸化反応が継続的に進行して金属表面が溶け出してしまいます。
鉄の耐酸性
鉄は酸に非常に弱い金属です。たとえば塩酸(HCl)や硫酸(H₂SO₄)、硝酸(HNO₃)などの酸に接触すると、すぐに反応して溶解します。酸性環境下では次のような化学反応が起こります。
Fe + 2HCl → FeCl₂ + H₂↑
この反応により水素ガスを発生しながら、鉄が塩化第二鉄として溶け出します。濃度や温度が高くなるほど反応速度が増し、腐食が激しくなります。特に塩酸や硫酸などの「還元性酸」に対しては脆弱で、短時間で金属表面が侵されてしまいます。
ただし、硝酸のような「酸化性酸」に対しては、鉄表面に酸化皮膜が形成されることで一時的に腐食が抑制されることもあります。しかしその皮膜は不安定で、時間の経過とともに破壊されるため、長期的な耐酸性は期待できません。
鉄の耐アルカリ性
一方、鉄はアルカリに対しては比較的強いとされています。たとえば、水酸化ナトリウム(NaOH)やアンモニア水などの弱アルカリ環境下では、鉄表面に安定した酸化被膜が形成され、腐食速度が遅くなります。
しかし高濃度のアルカリ(強アルカリ性)になると、鉄表面の酸化皮膜が溶解して腐食が再び進行します。特に高温下では腐食が急速に進むため、アルカリ洗浄装置や高温の苛性ソーダ環境では鉄製部品の使用は推奨されません。
ステンレスの耐酸性と耐アルカリ性の特徴
ステンレスの基本構造
ステンレス鋼は、鉄をベースにクロム(Cr)を10.5%以上含有した合金です。クロムが空気中の酸素と反応して、極めて薄い「酸化クロム(Cr₂O₃)」の保護膜を表面に形成します。この皮膜は化学的に非常に安定であり、酸やアルカリの浸食から金属内部を守る働きをします。この特性を「不動態化」と呼びます。
ステンレスの耐酸性
ステンレスは酸に対して高い耐性を示しますが、その強さは鋼種によって異なります。
- SUS304(18Cr-8Ni系):最も一般的なオーステナイト系ステンレスで、硝酸などの酸化性酸に対して非常に強い耐性を持ちます。ただし、塩酸や硫酸などの還元性酸には弱く、孔食(ピット腐食)が発生する可能性があります。
- SUS316(18Cr-12Ni-2Mo系):モリブデン(Mo)の添加により、塩化物イオンによる孔食やすきま腐食への抵抗性が高く、化学プラントや海水環境でも使用されます。酸に対してはSUS304よりも一段上の耐食性を持ちます。
- SUS430(17Cr系フェライト系):ニッケルを含まず、コストが低いですが、耐酸性はオーステナイト系よりも劣ります。酸性条件では錆が出やすく、屋内装飾や軽腐食環境向けです。
特に、硝酸に対してはステンレスが非常に安定しており、化学装置やタンクなどに多く使用されます。一方、塩酸やフッ酸などの酸にはステンレスでも侵されやすく、使用は制限されます。
ステンレスの耐アルカリ性
ステンレスはアルカリ環境に対しても比較的良好な耐食性を示します。特に弱アルカリ性の環境(pH8〜10)では、ほとんど腐食が進行しません。
ただし、高濃度・高温のアルカリ溶液(苛性ソーダなど)では、ステンレスの種類によって腐食挙動が変化します。例えば、SUS304では強アルカリ条件下で徐々に酸化皮膜が破壊され、局部腐食が発生する場合があります。より耐アルカリ性を求める場合は、SUS316や二相ステンレス(SUS329J4Lなど)が推奨されます。
酸・アルカリ環境での腐食メカニズムの違い
酸性環境では、金属表面の酸化被膜が溶解し、金属イオンが溶液中へ溶け出すことで腐食が進みます。鉄の場合、この反応が継続的に起こるため腐食が止まりません。ステンレスの場合は、不動態皮膜が酸の攻撃を防ぐバリアとして働きますが、塩化物イオンの存在下ではこの皮膜が局部的に破壊され、孔食や隙間腐食が発生します。
一方、アルカリ性環境では、金属表面の酸化膜が比較的安定化するため、鉄やステンレスは酸よりも腐食しにくい傾向にあります。ただし、高温・高濃度の苛性ソーダ環境では、酸化膜が溶解して腐食が進むため注意が必要です。
鉄とステンレスの耐酸・耐アルカリ性比較表
| 環境条件 | 鉄 | ステンレス(SUS304) | ステンレス(SUS316) |
|---|---|---|---|
| 弱酸性(pH4〜6) | 腐食進行(錆発生) | 軽度の腐食 | 安定(ほぼ腐食なし) |
| 強酸性(HCl, H₂SO₄) | 急速に腐食 | 孔食の可能性あり | 比較的強い耐食性 |
| 酸化性酸(HNO₃) | 一時的に安定だが腐食進行 | 非常に安定 | 非常に安定 |
| 弱アルカリ性(pH8〜10) | 軽度腐食 | 安定 | 安定 |
| 強アルカリ(NaOH高濃度) | 腐食進行 | やや腐食 | 比較的安定 |
| 塩化物を含む環境 | 錆発生 | 孔食発生 | 孔食に強い |
用途別の選定ポイント
酸性環境での使用
酸を扱う環境では、鉄は基本的に不適です。短期間で腐食が進むため、薬品タンクや配管にはステンレスを使用するのが一般的です。特に硝酸などの酸化性酸ではSUS304が、塩酸や硫酸が関係する環境ではSUS316や耐酸鋼が選ばれます。
アルカリ環境での使用
アルカリ環境では鉄もある程度使用可能ですが、長期耐久性を考えるとステンレスが有利です。食品工場や洗浄装置など、苛性ソーダ洗浄を行う設備ではSUS316が好まれます。
コスト面の比較
ステンレスは鉄に比べて材料費が高く、加工コストも上がります。しかし、耐食性に優れているため、メンテナンスや交換頻度を考慮すると、長期的にはコストメリットが生まれます。環境条件と使用期間のバランスを見て選定することが重要です。
まとめ
鉄とステンレスの耐酸性・耐アルカリ性を比較すると、次のように整理できます。
- 鉄は酸に非常に弱く、酸性環境ではすぐに腐食が進行する。
- 鉄は弱アルカリ環境では比較的安定するが、強アルカリ・高温では腐食する。
- ステンレスは酸・アルカリの両方に対して高い耐食性を持ち、特に酸化性酸には極めて強い。
- ステンレスの中でもSUS316は塩化物や強酸環境下でより優れた耐食性を発揮する。
したがって、酸やアルカリを扱う装置や環境では、ステンレスが圧倒的に優れています。コストを抑えるために鉄を使用する場合でも、表面処理(メッキや塗装、リン酸塩皮膜など)で耐食性を補うことが推奨されます。使用環境のpH、温度、濃度を正確に把握し、最適な材料選定を行うことが、設備の長寿命化と安全運用の鍵となります。
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