ステンレスTIG溶接の条件設定とポイント
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ステンレスTIG溶接とは
ステンレスTIG溶接(タングステン・イナートガス溶接)は、アーク溶接の一種であり、非消耗電極としてタングステン電極を使用し、アルゴンなどの不活性ガスでアークと溶融池を保護しながら行う溶接方法です。溶接中にタングステンが溶け込まないため、非常に清浄な溶接部が得られるのが特徴です。特にステンレス鋼は酸化や窒化によって品質が低下しやすいため、酸化防止に優れたTIG溶接は最も適した方法の一つといえます。
TIG溶接は、見た目の美しいビード(溶接線)が得られること、制御性が高く薄板にも対応できることから、配管、食品機械、医療機器、装飾品など、幅広い分野で使用されています。
ステンレス溶接でTIGを選ぶ理由
ステンレスは熱伝導率が低く、熱膨張率が高い金属です。そのため、溶接時には熱集中が起こりやすく、ひずみや変色が生じやすいという課題があります。TIG溶接は電流を微調整できるうえ、アークが安定しており、熱の入力をコントロールしやすいため、こうした問題を最小限に抑えられます。
さらに、スパッタ(溶接時に飛び散る金属粒子)がほとんど発生しないことから、仕上がりが非常にきれいで、追加の研磨工程を削減できる点も大きな利点です。
使用する装置と基本構成
TIG溶接を行うためには、主に以下の装置が必要です。
- TIG溶接機(電源装置):直流(DC)または交流(AC)を出力。ステンレスの場合は直流正極性(DCEN)が一般的。
 - タングステン電極:高融点で消耗しにくく、種類(純タングステン、トリア入り、セリウム入りなど)によりアークの安定性が異なる。
 - シールドガス供給装置:アルゴンガスを主に使用。厚板ではヘリウムや混合ガスも使われる。
 - トーチ:電極を保持し、ガスを供給する部分。空冷式と水冷式がある。
 - フィラーワイヤ(溶加材):必要に応じて添加する溶接用ワイヤ。母材と同じ材質を選定する。
 
溶接条件設定の基本
TIG溶接では、母材の板厚や溶接姿勢、開先形状などに応じて条件を細かく設定することが重要です。主な設定項目と目安を以下に示します。
電流値(溶接電流)
電流は溶融池の大きさや溶け込み深さを決定する最も重要な条件です。ステンレスの場合、一般的な目安は以下の通りです。
- 板厚1mm:30~50A
 - 板厚2mm:50~80A
 - 板厚3mm:80~120A
 - 板厚5mm以上:120A以上
 
電流が高すぎると、母材が過熱して酸化やひずみが発生しやすくなり、逆に低すぎると溶け込み不足や溶接欠陥の原因になります。
電極径
タングステン電極の径は電流に合わせて選定します。
- 1.0mm電極:~50A
 - 1.6mm電極:~100A
 - 2.4mm電極:~150A
 - 3.2mm電極:~200A
 
過大な電流を細い電極で流すと先端が溶けて不安定なアークになり、逆に太すぎるとアークの集中性が落ちます。
アーク長
アーク長(電極と母材の距離)は短いほどアークが集中し、安定した溶け込みが得られます。目安として、電極径の約1倍(1~2mm程度)が理想的です。距離が長いとアークが広がり、酸化やガスシールド不良が起こりやすくなります。
シールドガス流量
アルゴンガスの流量はトーチの種類や溶接電流によって異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。
- 手動TIG溶接:8~15L/min
 - 自動TIG溶接:10~20L/min
 
流量が少ないと酸化・変色が起こり、多すぎるとガスの乱流によりアークが不安定になります。
トーチ角度
溶接方向に対して10〜20度ほどトーチを傾けると、アークが見やすく、ガスシールドも安定します。角度が大きすぎるとガスが外に逃げやすくなるため注意が必要です。
ステンレスTIG溶接の実際のポイント
溶接前の表面処理
ステンレスは表面に酸化皮膜や油分が残っていると、溶接中にガスが発生し、ピットやブローホールの原因になります。そのため、溶接前にはアセトンなどで脱脂し、ステンレスワイヤーブラシで酸化膜を除去しておきます。鉄製ブラシは鉄分が付着して錆の原因になるため使用してはいけません。
裏波溶接と裏ガス
配管や薄板溶接では、裏側にも酸化が発生しやすいため、**裏ガス(バックシールド)**を行うことが重要です。アルゴンガスを裏面に流して酸化を防ぎ、裏ビードの光沢を保ちます。裏ガス量は通常1〜5L/min程度です。
フィラーワイヤの操作
ワイヤを投入する際は、アーク中心部ではなく溶融池の前方に軽くタッチするように入れるのが基本です。アークに直接当てると酸化やスパッタが発生します。フィラーはステンレス用のもの(例:SUS308L, SUS316Lなど)を母材に合わせて選定します。
溶接速度
溶接速度が遅いと入熱が過大となり、変色やひずみが増加します。反対に速すぎると溶け込み不足や未融合が起きます。板厚2mm前後では、5〜10cm/minが目安です。
溶接欠陥を防ぐポイント
TIG溶接は精密な溶接が可能な一方、設定や操作が不適切だと欠陥が発生します。代表的な欠陥と対策を挙げます。
ピット・ブローホール
原因:脱脂不良、湿気、ガス流量不足、フィラーの汚染など
対策:表面清掃の徹底、乾燥ガスの使用、適正なシールド流量の設定
酸化・変色
原因:ガスシールド不良、トーチ角度不適切、裏ガス不足
対策:ガス流量の調整、トーチ角度を一定に保つ、裏ガスの確保
未融合・溶け込み不足
原因:電流不足、アーク長過大、溶接速度過大
対策:電流を上げる、アークを短く保つ、速度を適正化
クレータ割れ
原因:溶接終端の電流を急に切ることによる収縮応力
対策:クレータ処理機能を利用する、終端で電流を徐々に下げる
美しいビードを得るための工夫
TIG溶接の魅力は、美しいビード外観にあります。そのためには「安定したアーク」「一定のトーチ操作」「均一な速度」が欠かせません。
- 電極先端を常に一定に保ち、摩耗したら研磨して整える
 - トーチを滑らかに移動させ、ビード幅を均一に保つ
 - フィラーワイヤの投入タイミングを一定にする
 - 溶接後は酸洗いやパッシベーションで酸化皮膜を除去する
 
これらを意識することで、滑らかで光沢のある溶接線が形成されます。
ステンレス材ごとの条件の違い
オーステナイト系ステンレス(SUS304, SUS316など)
最も一般的なステンレスで、TIG溶接性が良好です。ただし、熱膨張が大きく、ひずみが出やすい点に注意が必要です。電流や入熱を抑えめに設定し、短時間で仕上げるのがポイントです。
フェライト系ステンレス(SUS430など)
熱伝導率が高く、溶接熱が広がりやすいため、やや高めの電流で安定したアークを確保します。ただし、熱影響による硬化や脆化が起こることがあるため、必要に応じて予熱や後熱処理を行います。
マルテンサイト系ステンレス(SUS410など)
焼入れ性があるため、溶接後に割れが発生しやすい材質です。低水素系の環境を保ち、予熱(150~250℃程度)を行って溶接後は徐冷するなど、熱応力を最小限に抑える工夫が必要です。
まとめ
ステンレスのTIG溶接は、美しい仕上がりと高品質な接合が得られる非常に優れた溶接方法です。しかし、その品質を安定して保つためには、電流・アーク長・ガス流量などの条件を適正に設定することが欠かせません。
また、母材や溶加材の清浄度、裏ガス処理、トーチ操作など、細部の注意も仕上がりを大きく左右します。条件設定を正しく理解し、繊細な調整を積み重ねることで、ステンレス特有の光沢と強度を兼ね備えた理想的な溶接部を形成できるでしょう。
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