ステンレス鋼の磁性を帯びる条件と対策
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ステンレス鋼と聞くと、多くの人は「磁石につかない金属」という印象を持つかもしれません。しかし実際には、ステンレス鋼の中にも磁性を帯びるものと、非磁性のものが存在します。さらに、もともと非磁性であった材料が、加工や熱処理の条件によって磁性を帯びてしまうこともあります。本記事では、ステンレス鋼が磁性を帯びる仕組みと、その原因、そして磁性化を抑えるための対策についてわかりやすく解説します。
ステンレス鋼と磁性の基本的な関係
ステンレス鋼とは、鉄(Fe)にクロム(Cr)を10.5%以上添加した合金の総称です。クロムを添加することで、表面に「不働態皮膜」と呼ばれる酸化膜が形成され、これが酸や水分から鉄を守るため、錆びにくくなります。
しかし、ステンレス鋼といっても1種類ではなく、「オーステナイト系」「フェライト系」「マルテンサイト系」「二相系(二相ステンレス)」など、組織によって性質が大きく異なります。この組織の違いが、磁性の有無を決定する最も大きな要因となります。
オーステナイト系ステンレス鋼
代表的なものはSUS304やSUS316で、常温では非磁性です。結晶構造は「面心立方格子(FCC)」であり、この構造は磁性を持たないのが特徴です。非磁性であることから、医療機器や電子機器、装飾品などにも多く用いられます。
フェライト系ステンレス鋼
SUS430などが代表格です。結晶構造は「体心立方格子(BCC)」であり、鉄と同じ構造のため強い磁性を持ちます。磁石にしっかりと付着するタイプのステンレスです。耐食性はオーステナイト系よりやや劣りますが、コストが安く、家電や建材などで多く使われます。
マルテンサイト系ステンレス鋼
SUS410などが該当します。焼入れによって硬くなる性質があり、ナイフや工具などに用いられます。結晶構造は「体心立方格子(BCC)」または「体心正方格子(BCT)」で、磁性を持っています。
二相系(デュプレックス)ステンレス鋼
オーステナイト相とフェライト相が混在しており、磁性は部分的に存在します。完全な非磁性ではありません。
非磁性ステンレス鋼が磁性を帯びる理由
本来非磁性であるオーステナイト系ステンレス鋼が、加工や使用環境によって磁石に反応するようになることがあります。これは、内部組織が変化して一部が「マルテンサイト相」へ変態するためです。以下では、その主な要因を解説します。
冷間加工による組織変化
ステンレス板や棒を曲げたり、プレス加工、圧延、引抜き加工などを行うと、結晶格子が歪みます。このとき、オーステナイト相の一部がマルテンサイト相へと変化し、磁性を帯びるようになります。特にSUS304はこの傾向が顕著で、加工硬化とともに磁化しやすい材料です。
例えば、板材を打ち抜いたり、曲げたりした後に磁石を近づけると、加工部だけが磁石に反応することがあります。これは典型的な「加工誘起マルテンサイト変態」による磁性化現象です。
溶接熱による組織変化
溶接時に局部的に高温となり、冷却過程で急冷されると、フェライトやマルテンサイトが生成することがあります。特に、溶接部の熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)で磁性が発生することが多いです。
この磁性は通常、強磁性ではなく「弱い磁性」を示す程度ですが、溶接条件や冷却速度によっては顕著に現れることもあります。
熱処理や応力除去の不十分さ
オーステナイト系ステンレスは、固溶化熱処理によって非磁性を保ちますが、この処理が不十分な場合や、冷却が不適切な場合には、フェライトが残存し磁性を帯びることがあります。
また、長時間高温にさらされると「σ(シグマ)相」と呼ばれる金属間化合物が析出し、局所的な磁性変化を起こすこともあります。
磁性の発生を確認する方法
非磁性のはずのステンレスが磁石に反応する場合、その磁性の程度を確認することが重要です。
簡易的な確認方法
最も手軽なのは、永久磁石を使って磁石の付き具合を確認する方法です。ただし、この方法では「弱い磁性」と「強い磁性」の区別は曖昧です。
専用測定器による測定
より正確に磁性を確認する場合は「ガウスメータ(磁束密度計)」を使用します。ガウスメータを用いると、表面の磁束密度(ガウス値)を定量的に測定でき、磁性の強弱や分布を可視化できます。一般的なガウスメータは数万円〜十数万円で入手可能です。
ステンレス鋼の磁性化を防ぐための対策
非磁性を維持する必要がある用途(医療機器、分析装置、電子部品など)では、磁性化を防ぐ対策が求められます。ここでは代表的な方法を紹介します。
加工工程の最適化
冷間加工によるマルテンサイト変態を抑えるためには、加工度をできるだけ低減することが有効です。
・曲げ加工や引抜き加工を行う際は、加工回数を減らす
・一度に大変形を与えず、複数段階に分ける
・加工中の温度を上げすぎないよう注意する
また、SUS316など「ニッケル含有量が高く、マルテンサイト変態しにくい材料」を選定することも効果的です。
加工後の磁気焼鈍
加工によって磁性を帯びたステンレスは、「磁気焼鈍(脱磁焼鈍)」を行うことで再び非磁性に戻すことができます。
磁気焼鈍は、約1050℃付近で加熱後、急冷することで内部組織をオーステナイト相に戻す処理です。
保持時間は30〜60分程度が一般的で、材料の厚みや形状によって調整されます。
この処理を行うと、加工誘起マルテンサイトが消失し、磁性がほぼ完全に除去されます。
溶接条件の管理
溶接時の急冷を避けるために、適度な入熱管理や後熱処理を行うことで、フェライト相やマルテンサイト相の生成を抑えることが可能です。特にオーステナイト系ステンレスでは、過剰な急冷よりも、やや緩やかな冷却の方が非磁性を維持しやすい傾向があります。
合金設計による対応
材料選定の段階で、磁性化しにくい組成のステンレスを採用することも重要です。
たとえば、SUS304LやSUS316Lなど、炭素量を低く抑えた低炭素グレードは、加工や溶接による組織変化が起こりにくく、非磁性を維持しやすい材料として知られています。
すでに磁性を帯びた場合の除去方法
加工や使用中に磁化してしまったステンレスでも、磁性を除去(脱磁)することは可能です。
交流脱磁器による脱磁
磁気検査後や組立工程で磁化した製品には、「交流脱磁器(AC demagnetizer)」を使用する方法が一般的です。交流磁界を印加しながら徐々に磁場を弱めることで、残留磁気を取り除くことができます。
磁気焼鈍による完全脱磁
先述の通り、磁気焼鈍によって組織をオーステナイト化することで、根本的に磁性を取り除くことができます。ただし、この方法は高温処理を伴うため、寸法精度や強度への影響を考慮する必要があります。
外部磁場の影響除去
製造ラインや検査工程で強い磁場にさらされた場合、表面に微弱な残留磁気が残ることがあります。これは、簡易脱磁器で処理するか、自然減磁によって数日から数週間で低減します。
まとめ
ステンレス鋼は、種類や組織によって磁性の有無が大きく異なります。オーステナイト系ステンレスは非磁性ですが、冷間加工や溶接、熱履歴などによって一時的に磁性を帯びることがあります。
非磁性を求める場合には、
・加工度を抑える
・SUS316などのマルテンサイト変態しにくい材料を選ぶ
・磁気焼鈍や脱磁処理を適切に行う
といった対策が重要です。
磁性の有無は外観では判断できませんが、ガウスメータなどを使えば定量的に確認できます。ステンレス鋼の磁性は、製品性能や用途によっては致命的な問題にもなり得ます。そのため、設計・加工・検査の各段階で磁性化のリスクを意識し、適切な管理を行うことが品質維持の鍵となります。
いかがでしたでしょうか?
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