めっき後の焼鈍(ベーキング)処理が必要な理由とは
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めっき後に行う「ベーキング処理」とは
金属部品の表面処理工程において、「めっき後のベーキング処理(焼鈍)」は非常に重要な役割を担っています。特に、鉄や高強度鋼などの部品では、この処理を省略すると深刻な問題が発生する可能性があります。ベーキングとは、めっき処理後に一定の温度で加熱保持する工程を指し、主な目的は「水素脆化(すいそぜいか)」の防止です。
めっき工程では、電気分解を利用して金属皮膜を形成する際、どうしても金属表面に水素が吸着・侵入します。この水素が内部に残留すると、後に破壊や割れの原因となるため、除去する必要があるのです。ベーキングはその「脱水素処理」にあたります。
めっき工程で発生する水素のメカニズム
電気めっきでは、金属塩を溶かした電解液に部品を浸し、電流を流して金属イオンを還元・析出させます。このとき、カソード反応(陰極反応)の一部として水素イオン(H⁺)も同時に還元され、水素ガスが発生します。
理論的には、この水素の多くは気体として表面から放出されますが、微細な一部は金属中に侵入してしまいます。特に高強度鋼や焼入れ処理済みの鉄鋼では、組織内の空隙や転位に水素が捕捉されやすく、時間の経過とともに内部応力と相まって亀裂を引き起こすことがあります。これがいわゆる「水素脆化割れ」です。
水素脆化が発生するとどうなるか
水素脆化は、肉眼で見えない微小な亀裂から始まり、応力が加わると急激に破断に至るという特徴を持っています。外観上は問題なく見えても、使用中に突然破損するという非常に危険な現象です。特に、ボルト・ナット・スプリングなど、引張応力を受ける部品で多発します。
また、水素脆化による破断面は特徴的で、金属光沢を持たず、灰色の脆性破面となります。このような破損は、めっきそのものの不良ではなく、「水素除去処理を怠った」ことが根本原因であるケースが多く見られます。
ベーキング処理の目的と効果
ベーキングの目的は、金属内部に侵入した拡散性水素を熱によって外部へ放出させることです。温度を上げることで水素の拡散速度が高まり、金属中に滞留する水素を短時間で除去することができます。
この処理を行うことで、部品の内部応力が緩和され、水素脆化のリスクを大幅に低減することができます。特に、引張強さが1000MPaを超えるような高強度鋼では、ベーキングは必須工程として規格で定められている場合もあります(例:JIS H8610など)。
ベーキング処理の一般的な条件
ベーキングの条件は、部品の材質や強度、めっきの種類によって異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。
- 温度:180~220℃程度
- 処理時間:2~24時間程度
- 雰囲気:乾燥空気中または窒素雰囲気
- 実施タイミング:めっき後できるだけ速やかに(2時間以内が望ましい)
特に、時間を置いてしまうと水素が金属内部の欠陥に固定され、拡散しにくくなるため、早期の処理が重要です。また、部品形状によっては熱容量の違いから温度分布にムラが生じることもあるため、均一な加熱が求められます。
めっきの種類とベーキングの必要性
すべてのめっきにベーキング処理が必要というわけではありません。以下のように、めっきの種類によって水素の発生量や影響度が異なります。
- 亜鉛めっき(電気亜鉛):水素発生が多く、高強度鋼ではベーキングが必須。
- カドミウムめっき:航空機部品などで用いられ、ベーキング必須。
- ニッケルめっき・クロムめっき:電解工程が長く水素侵入の可能性が高いため、ベーキング推奨。
- 無電解めっき(例:無電解ニッケル):電流を用いないため水素侵入が少なく、通常は不要。
つまり、電気めっきを伴う場合は水素脆化のリスクが高く、処理の有無で信頼性が大きく変わるのです。
ベーキング処理を省略した場合のリスク
ベーキングを省略すると、短期間では問題がなくても、部品が破断するケースがあります。これは、時間の経過とともに水素が内部応力に引き寄せられ、亀裂を拡大させる「遅れ破壊」と呼ばれる現象です。
特に、締結部品やバネなどの応力集中部では顕著であり、重大な事故につながる恐れがあります。そのため、自動車・航空・建設・エネルギー関連など安全性が要求される分野では、ベーキングは製造工程で必要と判断されるケースがあります。
ベーキング設備と管理のポイント
ベーキング処理を適切に行うためには、専用の恒温炉や熱風循環式オーブンを使用します。温度分布の安定性が重要であり、処理中に温度のムラが発生すると、部分的に脱水素が不十分となります。
また、以下のような管理項目も品質確保のポイントです。
- 炉内温度の定期校正(温度計の精度確認)
- 部品配置の均一化(加熱ムラ防止)
- 処理後の硬度・外観検査
- 作業履歴のトレーサビリティ管理
これらを徹底することで、処理の再現性と信頼性を確保できます。
ベーキング後の品質確認方法
ベーキング処理が適切に行われたかどうかを確認するには、破壊試験や硬度変化の有無を評価します。また、加速試験や残留水素分析によっても効果を確認できます。
実際の現場では、特定のめっき条件とベーキング条件を組み合わせ、品質保証体制の中で管理されることが多いです。ベーキング後に部品が柔らかくなりすぎたり、外観変化が生じないよう温度設定の最適化も重要です。
今後のめっき技術と水素対策の動向
近年では、水素脆化を抑制する新しいめっきプロセスや、低水素型の電解液も開発されています。さらに、AIを活用したプロセス監視によって、水素侵入をリアルタイムで予測し、ベーキング条件を自動調整する技術も登場しています。
環境対応の観点からも、無電解めっきやドライコーティングなど、ベーキング不要なプロセスへの移行が進みつつありますが、高強度部品においては今後もしばらくベーキングが不可欠な処理として残るでしょう。
まとめ
めっき後のベーキング(焼鈍)処理は、単なる加熱工程ではなく、「水素脆化を防ぐための安全確保プロセス」です。特に高強度鋼を扱う製品では、この工程の有無が部品寿命と信頼性を大きく左右します。
適切な温度・時間・タイミングでベーキングを行うことにより、水素を効果的に除去し、めっき部品の性能を最大限に引き出すことができます。製造現場では、コスト削減のために省略されがちな処理ですが、実際には「製品を守るための最も重要な最終ステップ」と言えるでしょう。
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