快削黄銅C3604の機械的性質とRoHS対応

はじめに
快削黄銅(かいさくおうどう)と呼ばれるC3604は、切削性に優れた銅合金の一種であり、機械加工部品に広く用いられています。その主な用途は、自動旋盤による大量生産部品や精密機器の構成部材、継手、バルブ、ネジなどであり、安定した加工性と良好な機械的性質により、高い評価を得ています。
一方で、C3604には鉛(Pb)が含まれており、環境規制、特にEUのRoHS(Restriction of Hazardous Substances)指令との関係が注目されます。本稿では、C3604の機械的性質を概説した上で、RoHS規制に対する対応状況や代替材の選定についても詳しく解説します。
1. 快削黄銅C3604の概要
1-1. 合金分類
C3604はJIS H3250で規定される快削黄銅(Free-Cutting Brass)であり、銅(Cu)を主成分とし、亜鉛(Zn)および鉛(Pb)を含有する三元合金です。鉛の添加により切削性が飛躍的に向上しており、自動旋盤加工に最適化された材質です。
1-2. 化学成分(JIS規格)
元素 | 含有量(質量%) |
---|---|
Cu | 57.0~61.0 |
Pb | 1.8~3.7 |
Fe | ≦0.5 |
Zn | 残部(約35~40%) |
鉛は、切削加工中の工具との摩擦を低減し、バリや加工ひずみの発生を抑制する潤滑的な役割を果たします。
2. C3604の機械的性質
C3604には、加工状態により「快削黄銅棒(引抜き:C3604BD)」や「押出し材(C3604BE)」など複数の形態がありますが、代表的な引抜き材(C3604BD)における物性は以下の通りです。
項目 | 単位 | 代表値(C3604BD) |
---|---|---|
引張強さ | MPa | 360〜540 |
降伏強さ | MPa | 270〜410 |
伸び | % | 10〜25 |
硬さ(HV) | – | 80〜130 |
比重 | – | 約8.5 |
熱伝導率 | W/m·K | 約120 |
電気伝導率 | %IACS | 約28 |
特性の解説
- 引張強さ・降伏強さ
機械構造用炭素鋼のS45Cと比較すると、強度は劣るものの、十分な機械的特性を有しています。 - 加工性(切削性)
C3604の最大の特長はその「快削性」にあり、バリが少なく、加工熱も抑えられ、刃物寿命を延ばす効果もあります。 - 展延性
一定の展延性があるため、軽度の曲げ加工や圧入にも対応可能です。 - 耐食性
通常環境下では問題ないレベルの耐食性を持ちますが、塩水や酸性環境では腐食しやすくなります。
3. RoHS指令とC3604の課題
3-1. RoHS指令とは
RoHSは、EU(欧州連合)が制定した電子電気機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する指令であり、2006年に施行されました。対象物質とその許容濃度は以下の通りです:
規制物質 | 最大許容濃度(質量%) |
---|---|
鉛(Pb) | 0.1 |
水銀(Hg) | 0.1 |
カドミウム(Cd) | 0.01 |
六価クロム(Cr⁶⁺) | 0.1 |
PBB、PBDE | 各0.1 |
C3604に含まれる鉛は約2.0〜3.7%であり、この数値はRoHS指令の上限(0.1%)を大きく超えており、原則としてRoHS非対応とされます。
4. C3604のRoHS対応状況と例外規定
4-1. 除外規定(Exemption)
RoHS指令には一部の用途に限り例外措置(Exemption)が認められており、C3604は以下のような項目で該当することがあります。
- 機械部品の小型化や高精度が要求される加工部品
- 電子部品の機械的支持体や継手類
- 特定用途(自動車・医療・航空など)で代替材が技術的・経済的に困難な場合
代表的な除外例:
- Exemption 6(c):銅合金中の鉛最大4.0%までを認める(期限付き、2024年以降は延長審議中)
これにより、多くのC3604部品がRoHS対応と見なされて流通しているのが現状です。
5. C3604のRoHS対応代替材
RoHS完全対応が求められる場面では、鉛を含まない代替材への切り替えが必要になります。代表的な鉛フリー快削黄銅とその特徴は以下の通りです。
材質 | 特長 | 備考 |
---|---|---|
C3604(RoHS非対応) | 鉛入り、優れた快削性 | Exemption対象で対応可能な場合あり |
C6801 | 鉛フリー黄銅、やや劣る加工性 | 板材に多い |
ECO-BRASS(C6931/C6930) | 鉛フリー・高強度・耐脱亜鉛性 | 米国製、RoHS完全対応 |
C67500系 | シリコン含有で快削性向上 | やや高価 |
代替材選定の注意点(加筆修正済み)
RoHS対応代替材の採用には、以下のような実務上の注意点が存在します。単純な置き換えでは済まないことが多いため、導入前に十分な確認が求められます。
① 加工性の違いによる工具摩耗の増加
鉛を含まない快削材は、一般に工具との摩擦が大きくなる傾向があり、ドリルやバイトの摩耗が早くなることがあります。そのため、以下のような対策が推奨されます:
- コーティング工具(TiAlN等)への変更
- 切削条件(送り速度や回転数)の最適化
- 冷却・潤滑性能に優れた切削油の使用
② 寸法精度・バリ発生への影響
鉛は塑性を低下させる作用があるため、C3604では切削時の切りくずが細かくなり、加工面もシャープに仕上がるのが特徴です。鉛フリー材ではこの特性が失われ、以下のような問題が発生しやすくなります:
- 微細なバリの発生増加
- 寸法ばらつきの増加
- 加工後の追加バリ取り工程の必要性
事前に加工トライを行い、必要に応じて加工プログラムの見直しが必要です。
③ 材料費の上昇と調達制限
鉛フリー材は、製造プロセスの複雑化や供給元の限定により、C3604に比べて材料単価が高くなる傾向があります。また、ECO-BRASSやC6931は輸入材に依存する場合もあり、以下の点に注意が必要です:
- 安定調達の可否(納期、最小ロット)
- 加工中止リスクを回避するための在庫確保
- クライアントとの事前仕様確認(図面指示材との一致)
④ 組立・ろう付けへの影響
鉛フリー材は、熱伝導性や展延性にC3604と差異がある場合があり、圧入やろう付け、曲げ加工など後工程にも影響します。特にろう付けの場合は以下のような問題が発生することがあります:
- ろう材の濡れ性が低下
- 熱ひずみによる寸法ズレ
- 脱亜鉛腐食への懸念(特に亜鉛含有率が高い材)
必要に応じて工程試験を実施し、工程全体での安定性を確認することが求められます。
⑤ 品質保証と顧客要求への対応
RoHS完全対応が求められる場合には、材料証明書やRoHS適合証明書の取得・管理が必須です。また、製品図面や購入仕様書において「RoHS準拠」や「鉛フリー材使用」と明記されている場合、材料の誤使用はリコールや納入停止などの重大リスクにつながる可能性があります。認が必須です。
6. C3604の使用上の留意点
6-1. 加工時の注意
- 高速切削が可能だが、ドリル加工では鉛の流出による欠損に注意が必要
- 自動旋盤との相性がよく、量産部品で高効率
6-2. 環境対応とトレーサビリティ
- 鉛含有の有無は**材料ミルシート(成分証明書)**で確認する必要あり
- RoHS対応を明記した鉛フリー材の仕入れが望ましい
まとめ
快削黄銅C3604は、優れた切削性と安定した機械的性質を兼ね備えた銅合金であり、自動車・家電・精密機械分野で広く使用されています。一方で鉛を含むためRoHS指令との適合性が課題となりますが、例外規定を活用することで一定の条件下では使用が可能です。
環境負荷低減が求められる今後の市場では、鉛フリー材への移行が進むと考えられます。C3604の選定に際しては、RoHS対応要否、加工性、コスト、性能のバランスを慎重に見極め、材料選定を行うことが重要です。